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ATPの公式ホームページに、錦織圭を特集した記事が再掲されています。

 

2008年にデルレイビーチでツアー初優勝してから10年後に特集されたこの記事では、当時の錦織の心境や、対戦相手であったクエリー、ブレークらのコメントが掲載されています。

 

ざっくりとかいつまむと、こんな記事です。

 

錦織圭がATPツアーで初優勝したのは、2008年のデルレイビーチオープン。

当時18歳だった錦織は「自分はまだそんなレベルじゃないから、出たくない」と言っていた。
デルレイビーチの2週間前にあったチャレンジャー大会(デルレイビーチより下のランクの大会)では、予選3回戦で敗退。当時の錦織の世界ランクは244位だった。
コーチに「レベルが違うから出たくない」と伝えたが、コーチだったグレンが出場を後押しする。
2回戦では12回あった相手のブレークポイントをすべて防ぎ、準決勝では4つのマッチポイントをしのいで決勝までたどり着く。
クエリーは「ジェームズ(ブレーク)が勝つと考えていた」、ブレークは「大チャンス」と思っていたという。
誰も錦織が優勝とは考えておらず、それは錦織自身も同じだった。
しかし、結果は松岡修造以来となる日本人のツアー優勝。
しかも18歳1ヶ月19日での優勝は、16歳で初優勝したヒューイット以来。2000年代に入ってからは最年少優勝だった。
※ちなみにその次は18歳と2カ月で優勝したナダル、18歳と7カ月のロディックと続く
このとき、松岡修造によって世界ランク45位以内を目指す「プロジェクト45」が進められていたが、まだまだ遠い未来の話であった。当時を振り返り、錦織も「300位くらいの選手に負けていたし、プレーもよくなかった」と語っている。
決勝であたったブレークは次のように語っている。
「自分の方が経験があったし、錦織を圧倒できると思っていた。攻撃的なプレーができていたし、錦織は初めての決勝進出で、すこし緊張しているようだった。自分のプレーは良かった。コーチである兄も、普段なら負けたときはなんだかんだ言い訳をするが、この時は錦織のことを将来いい選手になると褒めていたんだ」
錦織は自分がテレビで観ていたスター選手を破ったこのトーナメントをきっかけに、トップへの階段を昇り始める。
記事の最後は「デルレイビーチで優勝する前は、自分には何者でもなかった。この大会で、自分のテニス人生が始まった」という錦織のコメントで締めくくっている。

 

 

この特集がされたのが2018年。

 

コロナウイルスの影響でツアーが中止になり、この機会に過去に反響のあった記事をもう一度トップ画面に持ってきているのでしょうか。

 

 

このデルレイビーチの件で、ちょっと思い出したんですが…。

 

錦織がデルレイビーチで優勝したニュースを、当時サンデーモーニングで張本さんが「まぐれ」と言っていたんですよ。

 

 

んんんんんん、

 

 

 

かーーーーーーつっ!!

 

 

 

 

あのコーナー、まだやってんすかね。

 

 

 

 


 

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